◎2014.6.11 吉祥寺CRESCENDOにて
レポ:kaname














 その日も、雨が降っていた。

 私が吉祥寺に来る日。つまり「すなどけい」のライブでしか、ここ最近は吉祥寺まで来ることはないので、必然的に吉祥寺に来る日は、イコール「すなどけい」のライブの日となるわけだが。

 確率論で言うと、50%……2回に1回は、雨が降っているように思う。


 雨女、もしくは雨男は誰なのか。

 雨が降ると、いつもその原因を誰かに押し付けてしまいそうになる。


 この感情は、雨の吉祥寺に降り立つ度に考える、思考の癖なのだろう。



 ああ、そうだった。雨女に当てはまるべき、重要な人物の存在を忘れていた。

 ……普段であれば真っ先に疑うべき、私自身の存在を忘れていた。



 鬱陶しくも、何故か嫌いになれない暗い空を見上げ、お気に入りの傘を開いた。








 天気についての書き出しは、よくレポで行うが、これも特に多い書き出しだと思う。


 日々に関して「忙しい」という言の葉だ。

 ……最近も例に漏れず、忙しく、休みのない日々が続いている。

 貧乏暇なしとはよく言ったものだが、この世の中、暇な人間を探す方が難しいかもしれない。





 昔の私は、家でゴロゴロとしながら、ゲームをしているのが最高の贅沢だった。


 それがいつからか、人づきあいが増え、不景気から昼間の仕事だけじゃ収入が足りず、バイトをするようになり、すると途端に自由になる時間が減り、家には寝に帰るだけになった。


 けれど、それが苦痛だとは感じていない。

 それ以上に、隙間の時間に突発的に、一人で色々な場所に出掛けて、景色を見たり、映画を見たり、美味しいものを食べることが楽しみになったから、余計になのかもしれない。




 ……おひとりさま、満喫してるなあと我ながらに思う。

 こういうちょっとした贅沢が出来るのも、全力で働いて、どうにかして安く、楽しく遊ぶことは出来ないかと、色々と調べるようになったからかもしれない。



 多分、ここまで公私ともに頑張れるのは、少しだけ形になってきた、将来の夢が、おぼろげながらも心にあるからだろうと、漠然と思う。

 今はまだ、他人に語れるほどにハッキリしたビジョンはなっていないが、私の今の行動の全ての終着点は、その夢に繋がっている。


 ……まあ、その話は別の機会にでもじっくり語るとして。


 そんなこんなで日々忙しく、毎日のスケジュールは息をつく暇もない時があるが、ライブの日程は数か月前からRisaに教えてもらえるため(詳細が決まるのは、ほぼ直前だが)調整がしやすくて助かっている。





 今日も、数日前から残業できません宣言をした2014年6月11日、水曜日。

 吉祥寺。





 仕事は遅番だったため、定時繰り上げの調整は出来なかったが、そこそこ早い時間の到着だった。


 アトレ吉祥寺が新しくなった後、キラリナまで出来、少し回ってみたいとは思ったのだが、夕食をゆっくり食べることを考えると、この散策は次回以降にする他にない。


 今日は、他のバンドも見るつもりで来たし。

 以前の私であれば、すなどけいさえ見られれば良いという考え方で、残業が発生した場合は、ライブにさえ間に合えば良いと考えていたのだが。


 たまには、お酒を飲みながら音楽を楽しむことも良いなあ、と思っていた。




 とりあえず、夕飯にどうしても食べたいものがあって、あらかじめネットでチェックしておいた駅近のお店に入る。

 店内はかなりの混雑ぶりだったが、おひとりさまのスペースもあり、喧噪がありながらもなかなかの快適性あり。



 が。

 ここが衝撃。っていうか、本当に驚いた。



 ……料理が……美味しくない。


 期待していたものとは違い、値段が高い割に合わない味で、がっかりとして店を後にし、いくら吉祥寺の、こんな繁華街のど真ん中で、そこそこ客が入っていても、料理が美味しくないなんてことはあり得るのかと愕然。

 肩を落としながら、食後のお茶も残して店を出る。


 せっかく吉祥寺まで来たのだから、人気のカフェ飯とかにすれば良かったかなあと思ったが、すでにお腹はパンパン。


 空を見上げ、天気にも溜息をつきながら毒づき、歩き出さざるを得なかった。






 今回のライブは、アコースティックではなく、バンド形式……というのは、ライブの告知詳細をサイト上で行った際、直前に知った…というよりは、気付かされたことで、音楽に関しては素人の私からしてみれば「MACHIさんがパーカッションじゃなく、ドラムを叩く」程度の認識でしかない。

 音が違うことは分かっても、その理由を説明できるほどの知識はないのだ。


 その告知自体も、始めはRisaからの詳細メールを見落としていて、堂々と「アコースティック」とupしてしまう程の無知ぶりだ。


 ……タイムスケジュールが、明らかにアコースティックの時とは違うのに。



 ピアノを昔、十数年習っていたため、上手い、下手、音程が合ってる、合っていない、の区別はつくものの、音楽論などを語ることはできない。

 それに何より、普段の私自身の生活に、音楽がほとんどないのだ。



 音痴で声が小さいため、カラオケにも意識的に行かないし。

 昔は見ていたMステなども、バイトがあるので見ることはなくなったため、新曲にも疎い。

 こうしてレポを書いている今も、音があると気が散る(音楽に聞き入ってしまったり、歌詞を聞いてしまったりするので集中できない)ので、無音だ。



 だから、私は「すなどけい」の皆をスゴイと思う。

 純粋に、尊敬する。

 忙しい日々の生活の中で、曲や歌詞をつくり出したり、音を奏でること、時間を合わせてメンバーで練習するなど、今の私には到底出来るものじゃないことを、やってのけてくれちゃっているからだ。







 雨の中、歩き出してすぐ。ヨドバシカメラの前のクレープの誘惑に勝ちつつ、進む。


 少し大回りしてでも、アーケードの中を雨避けに通っていけば良かったかなと後悔したが、すでに後の祭りで、まあ、こちらの方が、人通りがまばらで歩きやすいかと自分を納得させて、吉祥寺CRESCENDOを目指す。



 と、そこで。

 Risaから一通のメールが。


『今日、早いわあ』の件名。

 「すなどけい」の出演時間の開始が、かなり早くなりそうだという内容だった。


 ……をいをい。

 私的に本日の予定としては(下記の時間は、吉祥寺CRESCENDO側の事前予定)

19:00〜19:30 Seinaさん(夕飯抜きにはできないので、残念ながら、どうあがいても間に合わない(TOT))

19:40〜20:10 ドコドコbotさん(この辺りから時間遅れ気味で、たぶんラスト曲前に到着。楽しめる予想だった)

20:20〜20:50 奏さん(お酒を片手に)

21:00〜21:30 すなどけい(がっつり撮影部隊)

⇒遅れに押して22時。走って帰る。

⇒酔いが冷める。

⇒中央線が電車遅延。

⇒眠くなって帰り道の長さにイラつく。

⇒終電ギリ。

⇒疲れて家に到着。


 ……だったのに。


 確かにライブのタイムスケジュールは予定であることは理解している(注意書きにもある)が、今までは遅れることは多々あっても、早まることはほぼ稀で、例えあったとしても、5分以上早いことはなかった。
 


 今話題の「ながらスマホ」になっていることを承知しつつ、もうすぐ到着することをメールしようと思ったが、何分、雨が降っているせいで傘が邪魔で見動きも取れないし、もうそろそろ着くのだから、慌ててメールすることも無いかと思い直し、途中でメールの入力を切り上げた。



 あれ。

 ところで、吉祥寺CRESCENDOって、どの辺だったっけ??



 何も今回が初めての道じゃない。


 行き慣れているはずの場所も、雨が降っていること、その時間なら開いているはずの店が休みだったりと、普段と何やら景色が違って見え、すでに通り過ぎたのかと心配になるくらいの距離を歩いている気がした。


 が。いくらしばらくの間、ながらスマホで歩いていたとはいえ、注意して見ているのだから、通り過ぎるはずもなく。



 ほどなく煌々とした明かりと、反射板の蛍光ペンで書かれたネオン看板が目の前に現れた。


 ホッと息をつき、まずはRisaへ到着したことを知らせるメールを素早く打つ。

 その後、恒例となっている看板の撮影。

 入口辺りには、私よりもかなり年齢の低い男性2人組がいて、こちらもネオン看板をパチリ。雨の中、私と競うようにして写メに納めていた。





 入口で名前を言い、料金を支払って、早速、吉祥寺CRESCENDO、店内へ。


 中に入ると、曲の最中だった。前方には、数名の人だかり。人気のあるバンドらしく(のちに、こちらが奏さんだと知った)、皆さん、真剣に聞き入っていて、入った私に視線を向けることもない。


 始めに私が入ってきたことに気が付いたのは、おそらく壁際に座るブンちゃんだった。

 その隣りに居たCAP山と、2人に向かって手を上げたところに、ようやく私からのメールを見ていたらしいRisaが、気が付いてこちらに来てくれる。

 が、私は到着した安心感からか、喉が渇いたこともあって、Risaに視線を送りはしたものの、すぐにバーカウンターへ目を向けた。

 すると「しばらくお待ちください」のプレートが。

 肩を落としていたところに、


「多分、しばらく飲み物、無理だよ」
「え!? そうなの?」
「うん。あの人が戻ってこないと多分無理」


 ……と言って、挨拶もそこそこに、Risaが後方にあるブースにいる、飲み物担当であるらしいスタッフを教えてくれたが、いかんせん、どの人なのかさっぱり分からない。


 曖昧に頷いて、前方のステージに目を向ける。なるほど、進み具合は本気でかなり早いらしい。私が思い描いていた予定よりは、想像以上に進んでいる様子で。

 ぐるっと店内を見渡すと、そこに居るはずのMACHIさんの姿はなく。すなどけいのメンバーと、奏さんのお客さんの姿しかなかった。



 すでに出演を終えているはずの演者メンバーの姿はないのかな、と疑問に思っていたところ、今回は出演バンドの解散が早いことをRisaが教えてくれた。


 改めて、はあ、とため息をついている。


「今、ステージに居るのが奏さん。もうすぐ終わるから、誰も間に合わないっぽいよ。すなどけいのメンバーが呼んだ人。今、来てるのkanameだけだもん」
「え!? 誰も?」
「うん。みんな呼んだ人、誰ひとり間に合わない。おそらく奏さんののお客さんたちも帰っちゃうし、kaname一人が観客のライブになるよ」



 みんな……忙しいのね。

 このままだと20〜30分程、早くライブを始めなければならなくなるらしい。


 私としては、自分が一人観客のライブも、それはそれで贅沢で嬉しいのだが、でも応援する身にしてみれば、もっと多くの人に知ってもらいたいわけであり、複雑な心境になる。



 が、現状、どうしてあげることもできず、空を仰いだ私。




「……にしても、喉が乾いた〜」

 どんな状況であっても、つまり辿り着くところは、薄情ながらもそこで。


 ステージに視線を送りながら呟くと、

「呑む? 私の。カシスウーロン」

 Risaが、手に持っていたカップを私に差し出してくれた。



「んー……」

 確かに喉が渇いているところだが、普段、呑み慣れない味ということもあり、躊躇う。

 カシスオレンジなら私の定番なのだが、どうもカシスとウーロン茶の組み合わせに慣れないのだ。

 単品ではどちらも大好きなのだが。

「大丈夫だよ。美味しいよ?」
「うん、もらう」

 ……まあ、背に腹はかえられないと、一口もらうと、カシスがちゃんとリキュールで、美味しい。
喉が渇いていたせいもあるだろう。

「ね、美味しいでしょ?」
「うん。ありがとう」

 と言って、返した。

 が、その時は良かったのだが、後からくるウーロン茶の味に、どうしても違和感を覚えてしまう。



 なんだろう。

 美味しいんだけど、美味しいんだけど??



 その間も、ライブは順調すぎるほどのスピードで進む。


 ほどなくして、Risaは一度返したカシスウーロンを私に託し、どこかへと消えた。


 が、すぐに帰ってくると、私にカシスウーロンを全て呑んで良いと言ってくれた。

 違和感あるしなあと思いつつ、やっぱり喉が渇いているので、一口、二口もらう。

 と、いつの間にか呑み慣れてしまった。



 ……最近、しょっちゅうお酒を呑む機会が多いためか、強くなったかな。私。

 実は私、お酒には滅茶苦茶弱い。なのに時折、無性に呑みたくなるのだ。



「やばい、もう終わっちゃうよ〜誰も来ないよ〜」
「ああ、ホントだ。ラスト曲だって」

 もっとトークで延ばして欲しいという願いも空しく、早すぎる程の時間に終了する。



 

 そして「すなどけい」のメンバーが準備に入る。

 私は無事に、カシスオレンジの注文に成功する。


 いつの間にか、MACHIさんの姿が戻ってきていた。

 ……どこに居たんだ。あの人。入ってきた後、見なかったし。


 ぼんやりとMACHIさんに視線を送っていると、視界の端が動く。


 前にいた奏さんのお客さんたちが後ろに下がり、前に空間が空いたのだ。


 だが、その場に歩み出す人間はいない。




 当然だ。私以外の誰も、間に合ってないのだから。


 私はと言えば、撮影部隊的には真ん中はベストポジションとは言えず、両サイド、斜め側からの方が都合が良かったので、斜め位置を陣取っていた。


 ぽっかりと空く空間。


「行ってくる」
「頑張って」

 そんな私の脇を通り過ぎるRisa。結局、そうとしか言えなくて、心もとない言葉ではあったが、例えお客さんがこの瞬間に私一人になっても、皆、遅れているだけで、ちゃんと来るのだからと、心の中で再度、エールを送る。

 

 ……まあでも、30分も早く始まったりなんかしたら、遅れて来たら、すでに終わってるとかいう可能性だってなきにしもあらず。


 と考えて、いかんいかんと首を振って、撮影用のスマホのチェックを行う。



 その間にも、舞台の準備は進んでいく。





 「すなどけい」の映像は、基本的に画質が悪い。

 一度、ビデオカメラをレンタルして鮮明に撮ろうかとRisaに提案したことがあったのだが、不特定多数が閲覧することのできるネット上(YouTube)にも映像をupするため、そんな鮮明なものをupしても、というのがRisaの意見だったので、結局、画質の追求は行っていない。

 
 その代わり、音質の追求も行っていないのが、残念なところなのだが。

 ともあれ、準備は万端。ライブは久々で観客も私だけだが、頑張れ、すなどけい!



 ……と、そこに。

 扉の開く音が、した。



 舞台上の皆の目線が入口に集中する。



 おお、と顔がほころび、喜びに変わった。



 そう!

 遅れていたメンバーの呼んだ方々が、続々と到着。


 開始に間に合ったのだ!




 ギリギリながらも集まってくるお客さんたちに加え、奏さんの観客が加わり、結構な応援団が出来上がりつつあった!



 なんて心強い! と感動しつつ、ゆったりと進む舞台準備。



 さあ、幕が上がるぞ! すなどけい!!








 後編へつづく→













BACK